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6月のフリマ会場&今日、七夕の短冊に書くこと(説明文)

千葉県流山市おおたかの森駅前。
去る6月16日。

現在七夕前日。

随分経ったんだな。。。
映像の後半半分は
ただの景色。無言。
なんにも
特別は
起こらない。

あしからず。
いくつか前の動画、
根津神社さんでの
焼き物売りの翌日。

この日は朝からピーカンでした。

毎回の出店ではないのですが、
有り難いことに
チラリホラリと
リピーターさんも来てくださる。

什器なし。
が、
グルリと四方から見え易い為か、
お碗がいつもより売れ行きがよかった。
たまたまかな?w

何が功を奏するかなんて、
分からんもんだなぁ。。

この位なら
少しのトラブルでも
これ即ち 幸いになるなぁ。

よきよき。

うまくできてるなー。
このように、

生きて
学べる限り
泣いたわたしが
バカらしくなる日が
シッカリ来るわけよ。
時が
様々な事を教えてくれる。
わたしは
内在が
顕在してくるのを
その時が来るのを
待つだけ。
すでに、それは、あるのだから。
Life goes on just like this.

Yeah.



以下、

自己満足。と言われれば
ハイ、そうですね。
↓↓↓
こうして

流れてく風景に

焼き物が

黙して

融け合う光景を

見ているだけでも幸せになる。
まるで

時の大河を

俯瞰してるみたいだ。
焼き物売りを

全て

つつがなく終えられた夕刻には

目に映るもの

総てが

美しいんだ。
おセンチさんとか

おおげささんとか

なんかじゃないよ
なんてことない雑踏

なんてことない駅の通路

なんてことない

光と影のグラデーション
だって

memento mori

メメント・モリ
「なんてことない」
なんてないよね。
一雫

一草

一風
「なんてことない」
なんてないんだよ。
一日

一日

一縁

一期

一会

一人

一人
なんでもないよーなことがー
幸せだったとおもーうー
なんでもないよーなーこと
今では戻らないよーるーぅ
って、歌、あったよね。w
自分とは 時に

即ち 世界のありよう。
視点(支点)の融解。
己と
実存と
空間の

三位一体。

を、見取る。

新たな次元の獲得。
精一杯
やり切ると
そーゆ視座(支座)そのものになる。
それはほんの一時なんだけど。
想概念が消え失せ
何のコントロールもない
自在な観世界。環世界。
ぽっかりこんとして
さっぱりこんな
まんまな世界。
ある意味
この感覚を
確かめたくて
やり切りたいのかもな。
まぁ、
存在のままだけで
精度を高めるのも
そりぁー
コスパ?いいんだけどね。
焼き物売りは
内外エネルギーの交換が
ダイナミックで
顕著だから
溜め込んでしまった色々が
昇華されやすいんだよな。
前動画の説明文の
「精神性が宿る手」も

本動画の空間合一する
「己」も

「ここ」から
全て
通じて
どこまでも
一貫している。
「それを生きる。」
そう、
今年の
内なる短冊に書こう。
Yeah.
その為なら
いくらでも
やり直そう
#焼き物#おおたかの森 #縁

Видео 6月のフリマ会場&今日、七夕の短冊に書くこと(説明文) канала うつせみヤceramist
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6 июля 2022 г. 10:00:53
00:01:06
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