伝わってない人たち

待ち時間に観るやつ

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彼女は友人ではなかった。

韓国やイタリア、ニューヨークに2人で行ったこともあるけど、友人ではなかった。
お互いの家を行き来して、くだらないことで笑いあったり、10年後のことをしっとりと話し込むことはあるけれど、決して友人ではなかった。

彼女はきっと、私たちは同じだと思ったのだと思う。
そうでなければ、あまり話したことのなかった私を韓国旅行に誘うなんてしなかっただろう。

当時、乃木坂には一つ上に深川がいた。唯一心を預けられると思っていた人だった。でも、距離を縮めるほどに、彼女との別れがそう遠くないと感じられてしまうのが悲しかった。甘えるのが下手な私にとって彼女は姉のようで、私はその背中を追いかけていた。その背中が見えなくなってしまう予感というものは、弱い私の心を静かに握り潰した。

あの頃の私は、はっきり言って腐りかけていた。伸ばした腕の指先にようやく光が見えたと思っていたのに、それが幻みたいにフッと消え去ってしまった。そんなことはなかっただろうに、自分の存在が否定されたかのような、ひどい気持ちがあった。
髪を切った未央奈がアンダーに行ってしまった時のことは今でも覚えている。彼女はそんな必要などないのに、私たちに頭を下げた。「2期生を引っ張っていけなくてごめん」と。私の知らない高みでの悩みだと思った。いつも2期生のことを考えていた彼女は、私たちに不甲斐ない姿を見せたくなかったのかもしれない。

2015年の夏、夜の帳が降り始めた神宮球場には小雨が降っていた。私のそばには白石がいて、スポットライトが当たるタイミングを待っていた。センターステージには生駒が一人。やがて彼女が、後に卒業を意識する瞬間になったという叫び声を上げる。
あの時、私が抱いていた複雑な気持ちを説明するのは難しい。
ドラマに音楽番組と、テレビの中の人間として生きる日々はあまりにも刺激的だった。そして、そういう機会が訪れるたびに、私は自分がいかに不出来だったのかを思い知らされた。
秋には舞台が控えていて、その稽古も始まっていた。
13枚目の選抜発表は、すでに終わっていた。神宮でその曲を披露することになっていた。私は、台下でその曲を聞くことになる。そして、そのステージに2期生の姿はないのだ。
私が見ていた頃の乃木坂46のメンバーたちがパフォーマンスをする。それならば、私たちは本当に必要な存在だったのだろうか？
未央奈が床にへたり込んで泣いていた姿が脳裏に浮かんでいた。私が名前を呼ばれなかったせいで、私たちは誰にも見向きされない人たちになってしまう……初めて身をもって未央奈の気持ちを理解できた気がした。
2期生の綱を繋ぐことができず、深川の背中を追いきれず、途中で歩き出してしまった私は、我ながら情けなかったと思う。

私は、ふとした瞬間に寂しげな目をする彼女にいつしか自分を重ねていた。

彼女はもともと必要以上に謙虚な人だった。後輩にも敬語を使って、いつも「すみません」と言っていた気がする。それが同期と一緒にいる時は、あのクシャッとした笑顔で本当に楽しそうにしているのを見るのが、私は大好きだった。その輪の中に自分が加わることができるとは、夢にも思わなかった。

真面目で、看護師を目指して勉強していた彼女。人生の楽しみはアニメだったという。バイトに明け暮れ、ドラマ三昧だった私とは趣味嗜好は違っていた。だから、カラオケでみんなが歌える歌も彼女は知らなかった。頭の回転もアイディアも、乃木坂をゼロから作り上げて来たからこそ、私の及ばないところにあった。
なぜ気が合ったのか、今ではもう分からない。
声の調子や表情の移り変わりでどんなことを考えているか、どうして分かるようになったのだろう。たまにたまらなく愛おしく感じるようになったのは、いつからだろう。これを話してもいいのかと悩まなくなったきっかけはなんだっただろう。無言のまま同じ空間にいても気まずさを感じなくなったのはどうしてだろう。
だから、あの日、彼女が卒業をすると話してくれる前に、何を話そうとしてくれているのか分かってしまったのだ。胸の中に冷たい風が吹いた気がした。

だから僕たちは似た者同士
気の合う友達だと思ってる
目の前にはいつもヒントがあり
紛れもない過去の答えがある
あきらめるなら一人でいいけど
夢を見るなら君と一緒がいい
話したい誰かがいるってしあわせだ

ステージの上で歌った時、私の脳裏には風で送られる本のページみたいにあの夏の出来事が浮かび上がっていった。
これで同じステージに立つのは最後だというのに、彼女は真っ直ぐに私を見つめた。いつもみたいにキラキラとした笑顔で。
あの辛い日々を越えて、先輩なのに妹みたいに私に甘えてくる彼女と、まるで昔から一緒だったみたいに笑いあう日々に辿り着いた。
もう楽屋で一緒になることもなくなってしまう。乃木坂で一緒の思い出を新しく作っていくこともなくなってしまう。彼女がニコニコしながらケータリングの料理をたくさん皿に載せてやってくるのを見ることもなくなってしまう。楽屋で隣り合った時、急に大阪弁全開で熱弁してくるのを聞くこともなくなってしまう。歩いている時に隣で「サササ」とか「ほいほいほい」とか不思議な声を発しているのが耳に入ってくることもなくなってしまう。
気づいたのだ。
私の乃木坂の人生の中で、彼女が占める割合があまりにも大きかったということに。
当たり前のようにそばにいたのに。それがいなくなってしまうというのが、たまらなく寂しい。同じものを見て、同じことを感じて、同じことで笑って、同じ感覚を共有して共に歩んできた仲間だった。もうお互いに同じ記憶を新しく刻むことはない。スタジオで、ステージで、事務所で、ロケ先で、新しく更新される記憶の中に彼女の姿はないのだ。

「まいちゅんがいてくれてよかった」
屈託のない笑顔でそう言った彼女。辛いこともたくさんあったはずの10年。彼女がこの場所を去ろうという思いを抱えていたのは分かっていた。それでもここまでやって来てくれたこと、そこに私が少しでも影響を与えられていたこと。私の乃木坂での振る舞いが間違いじゃなかったと思えた。
私たちは1期生に食らいついていかなければならなかった。1期生と2期生の間には1年半という短い時間だが、圧倒的な差があったから。その差を埋めることは到底できないが、2つの期が分断されてしまうのは違う気がした。おこがましくも乃木坂という一つのグループに在籍し、運命を共にする仲間だ。グループの中で2番目に年齢が上の私にできることは、1期生と2期生の間の距離を縮めることしかないと思った。それが私にできるグループへの貢献だと思ったから、ずっと苦手だったコミュニケーションを取ろうと必死だった。初めは空回りしている自分がいた。無理をしていた。わざと抜けたフリをして、隙を作ったこともある。それでイジってもらえるなら、距離が縮まるなら、それでよかった。いくら「出しゃばり」だと言われても我慢ができた。それは乃木坂のためだから。
浮かない顔をしていた彼女によく話しかけていたのも、本当はそれが理由だったかもしれない。
人の心が解けていく瞬間を感じられるのは素敵な体験だ。いつしか私の中で、コミュニケーションは目的のための手段ではなく、楽しむものになっていた。彼女もそう思っていてくれたのだ。

彼女は友人ではなかった。
乃木坂46というグループの仲間だった。
卒業をすれば、仲間ではなくなる。

松村沙友理。
真面目で、謙虚で、気が利いて、海外が大好きで、びっくりするくらい食べて、とんでもなく女の子で、甘え上手で、私の心を動かす言葉を知っている。

きっとこれからも彼女は私を笑わせて、感心させて、泣かせてくるに違いない。家族みたいに私の色んな表情を知っている。だから、どんなことがあっても心を許し合える。

私の大切な親友。

written by antedeluvian

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