ショパン　雨だれ 　Chopin　 Prelude No.5 ( Raindrop ) 　Vladimir Ashkenazy

ショパンのピアノ曲はショパンの心模様を繊細に表現しているところに特色があります。前奏曲15番（Op.28，No.15）もそのなかのひとつです。この曲は一般に「雨だれ」と呼ばれていますが、ショパンはそのことで出版社に判然と抗議しています。おそらく、雨だれのイメージが、ショパンが表現しようとした内容と全く違っていたのだと思われます。この曲は、ショパンの恋の夢が破れて、悲しみのなかで立ち上がろうとしているときの心模様を描いた曲であると、私は思います。

　練習曲集（Op.25）を完成させ、前奏曲集（Op.28）に取り組んでいた25歳～28歳にかけて、ショパンは人生の大きな曲り角を回りました。21歳でパリに到着してから数年たち、ショパンは類まれな才能が次第に認められて、順風満帆の日々を過ごしていました。1835年8月、25歳のショパンはボヘミアの保養地で5年ぶりに両親との再会を果たし、1か月ほど幸せな時間を過ごします。その帰路、9月にショパンはドレスデンに旧知のヴォジンスキー一家を訪ね、美しく成長したマリア（16歳）に再会し、多くの時間を共に過ごします（ドレスデンはヴォジンスキー伯爵家がポーランドに帰る途中の宿駅）。マリアは絵画、ピアノ、作曲をたしなむ、思慮深い女性でした。別れの日、ショパンはマリアにワルツ（第9番）を贈ります。マリアは花瓶から一輪のバラを抜き取って、ショパンに贈ります。

　翌1836年7月、ショパンはボヘミアの保養地マリエンバートに滞在中のヴォジンスキー一家を訪ねて1ヶ月ほど一緒に過ごし、ショパンとマリアの仲は一挙に進展します。ショパンは一家がドレスデンに帰るときに同行し、別れが近づいた日の夕暮時に、意を決してマリアに求婚します。マリアは承諾しますが、両親の承諾が得られるまでと、婚約は内密にされます。ショパンがパリに到着してから、ショパンとマリアの間に手紙が交わされ、ショパンは承諾の手紙を待ち続けます。しかし、ヴォジンスキー一家がポーランドに帰ってから手紙の内容が事務的なものに変わり、手紙の交換も次第に間遠になります。そして1837年7月に破談の手紙が届きます。ショパンはマリアから送られた手紙を全部まとめて封筒に入れ、ドレスデンでマリアから贈られた萎れたバラの花を添えて、桃色のリボンで束ねます。そして封筒の上に「わが悲哀」と書きとめます。

　この失恋を契機にして、ショパンはそれまで避けていたジョルジュ・サンドの誘いを受け入れるようになります。おそらくは、深い孤独を忘れるために、家庭的な癒しを求めていたのだと思います。1938年11月、ショパンはサンド一家と一緒に地中海に浮かぶマヨルカ島に到着し、そこで約4か月過ごします。それ以降の約8年間、夏はノアンで、冬はパリで、サンド一家とともに過ごします。サンドは「随分悲しそうにしているかわいそうな天使」を母親のような心遣いで、献身的に世話しました。そのお蔭でショパンは数多くの曲を作曲できたといえます。しかしマヨルカ島から帰ってからは、二人の関係はいわゆる恋人同士の関係ではなかったようです。

　ショパンの死後、机の引き出しの中から「わが悲哀」と書かれた封筒が発見されました。そこにはショパンとマリアの恋、秘められた婚約の全容が記されていました。

　この前奏曲15番（雨だれ）の前半からは、淋しさのなかで現実を受け入れようとしているショパンの気持ち、中央の短調部分からは走馬灯のように浮かんでは消えるマリアとの恋の思い出、後半部分からは悲しみのなかで立ち上がり前に進もうとしているショパンの気持ちが伝わってきます。

参考文献
「ショパン」（カシミール・ウィエルジンスキー著、野村光一他訳、音楽の友社､1979年）
「ショパン」（カミーユ・ブーニケル著、荒木昭太郎訳、白水社、1978年）
「ショパン」（アルフレッド・コルトー著、河上徹太郎訳、新潮社、1977年）
「ショパン」（パム・ブラウン著、秋山いつき訳、偕成社、1998年）

Видео ショパン　雨だれ 　Chopin　 Prelude No.5 ( Raindrop ) 　Vladimir Ashkenazy канала montvertjp1